クラウディオ・メールロ とカラッチ♡

 

ボローニャ人の絵画展に行ってきて、
ガイドさんのお話を聞いて、出てきたscuola bolognese ボローニャ派。

 

絵画には疎い。ボローニャ派とは、
カラッチやグイドレーニだろうか?

 

オルガニストのメールロを勉強していたら、アゴスティーノ・カラッチは、メールロのお友達だったらしい🤔
なので、カラッチ家族を少し勉強しようとしているところです。
アゴスティーノはカラッチの中でも頭脳派だったらしいです。

 

音楽のために、たかが歴史と思うかもしれないが、
周辺を学び、(知識でなく)その当時の感覚が潜在意識に入ってくることは、
演奏に大きな影響を及ぼすのは、前に絵画に詳しい知人をがいどに絵画を学びに行ったときに、実感しました!
頭での理解は、意識的には大した変化がないけれど、演奏は変わったね、と。

 

音楽を専門にするとき、
二つの大きな道があると思う。

 

♪いろんな知識を身につけ、誰かに教えるという教授タイプ(こちらは潜在意識の感覚より、知識情報が大事)

 

♪ その音楽に合った感覚を潜在意識にインプットし、頭ではよく分からなくとも、感覚的に音楽に相応しいものを身につける演奏家タイプ(頭脳で知識を理解し説明できるかは二の次)

 

残念ながら、ベストを目指すなら、両立はかなり難しい。
どっちも出来るは、、どっちもそこそこ、と同じに成りかねない。

 

見かける多くの人は前者の教授タイプ。仕事にするなら教えるが多いわけで、こっち走りやすい。
そして、思考をかなり使い始めると、感覚が閉じやすくなり、結果的に演奏のエネルギーは低めになってしまう。

 

後者なら、
教えるつもりで勉強するわけでなく、
その時代の様子、空気を感じるために、
勉強してみる。
感覚重視なので、人に説明しようとしても、難しい、教えるのが得意というわけでなく、先生向きではない。
見て真似する、という意味での師匠にはなり得ますが。

 

幸いに、知人に、アートと歴史に非常に詳しい人がいて、度々おしえてもらっています

 

メールロは、トッカータ集の出版のころに、パルマからローマに何度か行っていると知り、
え、じゃあボローニャにも来てオルガン弾いたのかな?と聞いてみる。
来たかもしれないけど、当時はパルマ、モデナ、もちろんヴェネチアに、ボローニャより大きく、新しいオルガンがあったりするわけだから、ボローニャのオルガンにそんな興味なかったかもね、という返答!
モデナやヴェローナは中世までとても栄えた街、パルマやヴェネチアは中世後から、フェラーラはロンドンよりも栄えていたときもあるとか、
ボローニャは大学があったので、継続的に栄えていましたが、一時的にはボローニャよりも財力、新しいものがあったりして魅力のあった街(いまは大きくないが)はあったようです

 

なぜメールロがヴェネチアからパルマに行ったのか、気になります。
ヴェネチアは多くの音楽家が集まりすぎ、競争が激しかった?報酬が少ないという不満をあげる人もいたり、
新しい素晴らしいオルガンがあり、自由に、そして独占できる、という意味でパルマは良かったのかもしれません。故郷に近いですしね。またローマに行っているくらいですか、他の街のオルガンも見に行っていたはずです。
メールロはパルマに行ってから、裕福の方と2回目の結婚をしています。最初の妻子はどこへ行ったのか、娘がいたらしいです。

 

日本語だったら、あっという間に読めますが、外国語の情報ばっかりなので、
いつも休み休み、ちょっとずつです😆

 

聖マルティーノ教会

ボローニャ派の絵画は、私がオルガニストしているボローニャの聖マルティーノ教会にも有ります。

これも、たびたび来る観光客に聞かれるので勉強しようと思いつつも、、

教会内にある重要な絵画、多すぎて、よくわかりません笑

聖マルティーノ教会は、中心部でも、少し外れているので、観光客はすごく多くはないですが、

ルネサンス時代からの、重要な絵画、いっぱいなんです。カラッチもあります

奥の小さなチャペル(Sacrestia)にも、重要な絵画があるそうです、こちらは土曜の午前中のみガイドさんによって開いてます。(もしくは、朝夕のミサで開くので、ミサ後に来ると、少し見られるかもしれません)

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