大卒は必要か?学び方を学ぶ機会

 

大学を卒業(イタリア語でlaureato)しているか
が、重要なことかどうか📚?!

 

働いている知人は、大学で勉強してない、卒業していないことを気にしていたりする

 

でも、私的には、卒業したからって、、
仕事で使えない人は使えないし、
卒業しただけで、良い音楽家になってないよ、
って、
そんな大事なことかしら?と不思議に思っていました

 

けど、
最近分かったのは、
卒業していると、勉強の仕方を学ぶ機会に恵まれていて、

その中で偶然に、勉強の仕方を習得し、

勉強の仕方を分かっている人がいる

 

分かっていない人が、意外に多いので、その偶然に恵まれた人は半分以下かもしれません笑

 

卒業していないのを気にしている人の中には、勉強の仕方を知らない人が多い(全員ではない)

 

知識を教えることが中心の大学、音楽院は、
意図的に学び方を教えていない、
知識や技術を教える方が断然に簡単だし、
審査もしやすいから、
分からないでもないけど、

これは大学で教えていたときに感じた違和感に繋がります、
卒業したら、使う可能性の低いものを試験のために、なぜ無理に覚えさせるんだろうっていうこととか。

 

古いからある師弟関係というのは、
ときに個人的主観的すぎて、脱落するのも多々、

非常に厳しい、難しい面もあるけれど、

意図的に学び方を学ぶという意味では、
より適当な方法だったんじゃないかなと思うわけです。

とはいえ、ここでも、学び方は意図的に教えられるわけではなく、

見て、そこから、偶然に、自分で掴み取るわけです。

 

この辺は、音楽院(たしかパリ)が出来てから、

音楽家の質が落ちた、音楽家に音楽院は良いわけでない、という現象に繋がるかと。

 

とはいえ、技術、知識をある程度学びたい段階なら、学校も有りだなって思う

でも、何をどう学びたいか、分かっている人は、速いですよね。

 

感情や心の学びもそうだけど、

現在の教育システムには、こういう科目は入ってない。

私は、自分は学ぶのが得意だと思っているので、

こういう科目には、大事だと思うし、興味あるなーーと

とはいえ、どうやって教えるのかは、まだ考えていません

 

 

興味ある分野を絞ったら、そのある程度高いレベルのところに入る、凄い人の近くに行ってみる、

というのは、ある種のヒントを得る機会だと思ってます

 

東大のラボで働いていたときに、

気づいたことがあります。

彼らは、論文の完成形をイメージして、日々の研究仕事をしている。

これが出来たら、どのジャーナルに載せられる、ノーベル賞を目指すなら、ここまでは必要。って。

残念ながら、私が卒業した大学のラボでは、こういう動きは見ることはなく、先生方はなかなか論文が出なかったので、偶然にうまく行くのを待っているかのよう。

私は東大に来て、そっか、こういう風にやるのねって、気づきました。

 

小さな学び方の方法を、

ちょっとずつ溜めていくと、

たぶん状況に応じて、よし、いまはこのパターンか、って

学びたいものがあったときに、できるようになる気がします

 

 

 

 

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