私の歴史、イタリアに来るまで3

 

頑張ってなにか出来たら、なにかやりたいことを始める

 

 

なぜか、こんな自分ルールが出来上がっていた、無意識に。

 

大学のラボで、結果が出て論文になることが開始したときに、

指導の先生に頼んだことは、

2週に一回、平日の午前中に、ピアノのレッスンに行くからラボを休ませてくれ、

というもの。

厳しいラボで、定時が決まっていたのです。

 

 

研究所に就職したあとで、始めたのは、

音楽理論。

偶然にも、ピアノの先生ではなく、作曲の先生のソルフェージュを習うことができて、

数学のような、和声の理論、楽曲の分析に、はまった。

 

どこかで無理して、頑張っているから、

こういうルールになっちゃうんでしょうねー

 

自分の興味あることに、自分にOKを出せるタイミングがあるのです

 

研究所の仕事は、レベルが高いこともあり、楽ではなく、年々大変になってきてましたが、

音楽をちゃんと勉強してみたいというのも、出てきてました。

眼精疲労の症状がひどくなってきたことも、決断を押してくれました

音大を受験してみて、受かったので、

給料も良かったのに、会社を辞めることにしました

 

とはいえ、会社を辞めたときは、

多くの人がそこに行くだろう、

結婚して、家でピアノの先生をしよう、くらいにしか考えていませんでした笑

 

さて、まだオルガンが出てきていませんね!

それは次の記事で書こうと思います。

興味の方向に進む、ということは、大事です

 

4へ続く

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