私の歴史、イタリアに来るまで2

 

ここから、具体的な私の歴史を書き始めようと思います

 

大学で化学実験の授業をしていたとき、

ある学生が、こんな質問をしてくれました。

 

「先生は、なんでここで、授業教えているの?」

 

大学の講師は、年配の先生が多くて、

私はただ一人若い講師の先生でした笑

先生は先生なの?なんて聞かれることも!!

 

私が、化学を専門に勉強してきて、

学生に教えるまでになったのを話すには、子供のころの話から、スタートします。長いですねーー

 

 

化学を選択したのは、消去法だった!!!

 

 

子供のころ、興味があって、やってみたいことがあったけど、

それを言ったら、大人達から非難と軽蔑の言葉が飛んできました。

そこで、悟ってしまったのです。

 

そうか、無難な選択肢の中から選ばないといけないらしい。

大学には行かないといけないらしい。

 

その後、作文がとくに苦手だった私は、大学で論文を書くと聞いて、、

そんなのは無理だと思ったが、

理系に行けば、感想文のような作文ではなくて、事実を書いていくから、

それなら出来ると、

理系に行くことに決めた笑

実際に、数学や理科が得意でもあったのだけど。

 

高校で、物理の成績はとても良かったが、

先生が嫌な人だったので、

化学で大学を受験することにした。

塾の化学の先生はとても面白い先生で、化学の勉強は楽しかった♪

いろいろな学科を受けた結果、偶然にも、化学科に入った。

 

 

人と話すことを中心とする営業の仕事は苦手そうだ、と思っていて、

大学に入った時点で、大学院まで行って研究するつもりでいました。

博士課程まで行くつもりだったけれど、ラボの雰囲気が悪かったので、ここに長くは居たくないなと、マスターで就職することにしました。

 

いつも、選択はこんな感じ。。

嫌なもの、苦手なものを避けるように、消去法、、

その中で、ちょっと楽しそうなものを選ぶ。

 

就職も、聞いていた噂からは大変そうだからと思っていた会社だったが、

面接の雰囲気が良かったので、入ってしまった。

 

音楽は、どこに出てくるんだ?

という話ですが、

親がピアノを弾いていたこともあって、小さいころから習ってました。

 

 

製薬会社の研究所に就職したのに、

3年後には、音大のピアノ科に入ることになります。

ここでも、キイは、重要な人との面白い出会いでした。

 

さて、この話は、また次回に。

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